思考は世界に支配されている(清藤) | 東進ハイスクール新宿エルタワー校|東京都

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2019年 12月 5日 思考は世界に支配されている(清藤)

こんにちは、東京大学理科一類2年の清藤です!

今回も前回と同じく「自分が普段考えていること」についてお話ししたいと思います。

人の思考は世界に支配されている。僕は最近このように感じることがあります。

どういうことかというと、世界の成り立ち・理によって人の思考が制限されている面があるということです。

例えば、物理において人は2つの物体の関係に関しては問題を解くことができても、3つ以上の物体の関係に関しては解くことができないと言われています。

これは万有引力やクーロン力と言われるものが2物体間で成り立つものだという世界の理があるからです。基本的にこの世界は2物体間に働く力について問題を解くことができれば困ることはないため、自然と3物体間以上について考えにくくなっているというわけです。もしこの世界が3物体間の関係を解かなければ発展できない世界であったのなら、もしかしたら人は3物体間について解けていたかもしれません。

またこのことはゲームについても当てはまることがあります。

様々なゲームを見てみると、ほとんどのゲームが「重力があること」を前提に作られています。

例えばテトリス。テトリスというゲームは様々な形のブロックが上から徐々に落ちてきて、それを綺麗に積み上げていくゲームな訳ですが、「何も操作しなくても落ちてくる」「積み上げる」というのは重力の存在を前提としています。

他にもマリオ。これもキャラクターは地面の上を歩き、基本は空中を自由に移動することはできません。マップ上には穴があり、ジャンプに失敗すると「重力」に従ってその穴に落ちてしまいます。マリオの世界の理の中にも現実世界の理である「重力」が関わってきているわけです。

人が自由に空を飛ぶことのできるゲームを作ったとしても、それは「人は自由に空を飛ぶことができない」という理を基として作られたものであり、結局はこの世界の理に影響されているわけです、

なかなかこの世界の理とは全く関係のないルールをもとにモノを考えるのは難しいのです。

我々はこの世界の理と関係のない物事を考えるのは難しく、我々の思考はこの世界のあり方に影響されているのです。

このようにして、自分の思考は何から生み出されているのかということについて思いを馳せることは自分の考えを整理する上で有効なのではないかと思う今日この頃でした。

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