ブログ 2018年09月の記事一覧
2018年 9月 29日 This Means More(佐々木)
こんにちは!早稲田大学の国際教養学部の佐々木です!
突然ですが、
佐々木、サッカー再開します!!!!
というわけで佐々木サッカーを再び始めます。
どういうことかというと、高校までは割としっかり部活でサッカーをやってきました。そして大学のサッカーサークルに入ったのですがどうも雰囲気が自分には合わず(サークル選びがあまり良くなかったのかもしれません)、5月後半からほとんど行かなくなり今現在まで至ってきたわけですが、これでは自分の中で煮え切らないものがあったのでしょう。というわけで社会人サッカーチームに入ることを決意した次第です。
さてさて、今回のブログのタイトル、This Means Moreとは何??ってなってしまっている人も多くいると思います。
実をいうとこれ僕の大好きなリバプールFCの今シーズンのスローガンなんです。
↑良ければ見てみてください。
これに対する僕の解釈は単純にThis is 〇〇という中で〇〇が持っている価値は存在そのもの以上に大きな価値を持っているということだと思っています。
それこそ、サークルをやめて社会人サッカーという環境に飛び込んでまでサッカーを続けようとしている僕にとってはサッカーはただのスポーツ以上の価値を持っているのではないかなと思います。
何が言いたいか、、、
多分ここまでのつたない文章で察した人は少ないかもしれませんが、、、
皆さんにとっての受験勉強もただの大学に入るための手段だけにはしてほしくないです。もちろん大学入試の制度や大学での勉強のスタイルを鑑みれば大学に入るための受験勉強でとどまってしまうことは否めません。
ただ、だからそれを良しとしてひたすら進み続けるのではなくて真剣に受験勉強をしている理由や、意味か考えてほしいです。
酷な話ではありますが、みなさんは現在、勉強を頑張っていると思いますが、それは必ずしも合格を保証してくれるものではありません。そこでもし仮にこの受験勉強が失敗に終わった時に、もうどうしようもない、、、という状況にはなってもらいたくないです。
この受験勉強を通して自分がどうなりたいのか改めて考えてもらいたいです。そろそろ受験勉強も最終盤を迎えようとしています。ラストスパートに入る前に一度これから大学生になるにあたってどんな大学生になりたいかを一度想像してみてほしいです。
当たり前と言えば当たり前ですが、担任助手として働いている大学生も全員それぞれ違う生活を送っています。
サークルに力を注いでいる人もいれば、サークルではなく、部活を選択して頑張っている人もいますし。勉強を頑張っている人もいます。あるいは、担任助手という仕事に生活のほとんどを捧げている人もいます。
自分の場合は2期制のうちのこれからの後期に留学の申請書や志望校、志望理由書を提出します。一応自分は2週間しか海外に出たことがなく、特別親が外国のルーツを持っているわけでもなく、英語の勉強はほとんどが受験勉強によるものでしたが、それでも今ではイギリス、アメリカ、シンガポールなど高い水準の英語力を求められるような国の大学のプログラム(英語力向上の語学留学ではなく現地の学生と全く同じ授業を受ける通常の交換留学)に出願することが可能なレベルまで英語力を上げてきました。
それを可能にしたのは高校生のころから、自分は大学でビジネスの勉強をしたい、その中でも日本よりも先をいく外の世界に飛び出して色々なものを見て感じて学びたいという意欲があったからこそです。
受験生ももちろんですが、これから新学年に切り替わろうとしている高校二年生以下の皆さんにも、何のために受験勉強をして、その受験勉強が人生の中でどのような意味を持つのか改めて考えてほしいです。きっと通いたい大学に行く以上の価値、意味があるはずです!!
明日のブログは社員の池田さんです!
お楽しみに~!!
2018年 9月 26日 中山のブログ(中山)
こんにちは!中央大学法学部年生の中山葉月です!
夏休みは、大阪や金沢に旅行に行きました~。
私は水族館に行くのが好きなのですが、今回初めて大阪の海遊館に行ってとても感動しました!!
イルカをこんな近くで見られるなんて・・・!!
感動しました。
大学生になると、夏休みが2か月近くあるので、自分のやりたいことをできる時間がたくさんありますよ!
今日のブログはフリーテーマということで、私が担任助手をやっていて思うことについて書こうと思います。
私が担任助手になろうと思った一番初めの動機は、第一志望に受からなかった悔しさ!!!
でした。
実は生徒時代には担任助手になろうと思ったことは一度もありませんでした。
第一志望に受かることができず、悔しくて、悔しくて、そのリベンジがしたい!という思いで初めて担任助手になりたいと思いました。
Q:リベンジとは??
当時の私は、とにかく自分が持った生徒を、自分の失敗した経験を生かして全員第一志望に合格させることがリベンジだ!!
と、思っていました。
しかし、いざ担任助手の仕事をやってみると、それがどんなに難しいことであるかを思い知りました。
担任助手って、ただ頭がいいとか、教務知識があるとか、生徒に人気があるとかいうだけでは生徒を合格させることはできないんですよね。
担任助手の仕事を一言で表すとするなら、生徒のみなさんに寄り添い、励まし、大学受験に向けて最大の努力を最後までやりきることができるようにサポートすることだと思います。
ただやらなければならないことを教え、コンテンツを提供されるだけで、自然に成績があがって合格することができる人も、もしかしたらいるかもしれません。
しかし、大抵の人はそうではありません。
長い受験生活のなかで、思うように成績が伸びずモチベーションが上がらない。
いままで全く勉強をしたことがなかったので、勉強のやり方がわからない!
やらなければいけないのは分かっているが、怠けてしまう自分がいる。
など、様々な悩みや問題が出てくる人がほとんどです。
担任助手の仕事は、もちろん様々な受験知識をお伝えすることも一つですが、悩んでいる生徒の話を聞き、一緒に解決していき、生徒の皆さんが常に全力で勉強に向き合える環境やマインドを作るお手伝いをすることだと思っています。
私は、一人でも多くの生徒に、信頼して悩みを相談してもらえるような担任助手になりたいと日々思っています。
そのような担任助手こそ、生徒を第一志望に合格させることができる担任助手だと思います。
明日のブログは、明治大学2年生の伊藤担任助手です!お楽しみに!
2018年 9月 25日 専門のことを話そう(斎藤)
こんにちは。社員の斎藤佳輝です。地味に今月2回目の登場となります。
今週はフリーテーマだそうで。まあ色々考えた末に大学で自分が何を専門としていたかを書こう、と思い立ち筆をとっています。最後までお付き合いくだされば幸いです。
僕が専門としていた学問分野は西洋史学です。地域でいうなら欧米諸国が対象ですが、欧米諸国の植民地下にあった他地域について研究している人もいます(但し、オリエントは東洋史の範疇、と東大の西洋史では定義づけているようです)。もちろん時代は古代から現代まで、扱う分野も政治史から外交史、経済史、文化史、社会史、女性史(そういえば今年の東大世界史では近現代女性史についての大論述が出ましたね)等様々です。僕の大学の頃の友人には、ローマ帝国下のブリタニア(現イギリス)の政治史をやっていた人もいれば、1960年代のソ連地方統治について研究していた人もいます。
そもそも西洋史学、ひいては歴史学とはどんな学問なのでしょうか。大学受験の世界史を思い浮かべている人もいるかもしれませんが、全然違う世界です。歴史学はまず教科書に書いてある世界史の流れをちゃぶ台返しするところから始まります。過去のことは全てが全て分かっていないことばかりなのです。古代でいえば海の民みたいに教科書ですら分かっていない表記のものもありますし、近現代のように確かに出来事としては確立されていて教科書に書いてあるけどその分細かい部分でどうだったのかまで分かっていない、というのもあります(後者の例は後で僕自身の研究を題材に説明しましょう)。そうした分かっていない過去を、所定の方法論に従って、史料から読み解き考察し、解明していくのが歴史学というものなのです。
たまに「実生活に役に立たない文系の学問など必要ない」みたいな論調が出て、その中に歴史学が入っていたりするのですが、これははっきりと間違いといえます(そもそもこの世の学問に対する役立つ役立たないの二分法自体が間違っているのですが置いといて)。歴史学は、過去にこのようなことがあったから現代では未来ではこのようなことのないようにしよう、という過去の教訓を得るという要素も確かにありますが同時に、過去の出来事や考え方を踏まえて現代未来ではどう行動していくべきか、という考え方を得る要素もあります。そういう要素を内包している学問に対し役に立つ云々というのがそもそもの間違いなのです。
一方で歴史学はほかの諸学とは違う、少々特殊な特徴があります。それが「歴史学は科学か物語か」という論争に見られるように、必ずしも歴史学=科学とは言い切れないところにあります。確かにある仮設に対し論理的に考えて立証していく面では科学といえます。しかし一方で数学や物理と違い過去のことなので再現が出来ない、という重要な問題があります。科学において「再現性」というのは極めて重要な要素です。それがどうしようもないという面では科学ではない、と言えるのです。こうした側面で歴史学は特殊なのは確かだと思います。ちなみに先ほどの「歴史学は科学科物語か」の論争に対する僕なりの答えは「方法論は確かに科学だが、その結果出てきたものは物語と捉えうる」と考えています。歴史は人間のこれまでの歩みが積み重なったもの。全てが全て合理的かつ論理的にいかないし、それに歴史を完全なる神の視点から語ることは不可能だからからこそ、物語になりうるのではと思うのです。
こうした歴史学とは何だろうか、というのを考えるのにいい本があります。それがE.H.カーの『歴史とは何か』という本です。イギリス出身のソ連政治史研究者であったカーが1961年にケンブリッジ大学で講演したものをまとめた本になります。これは面白い本なので一度読んでおいて損はないと思います。但し、この本を大学受験生が読むことはお勧めしません。いい本なのですが、今学んでいる世界史とは何だろうと考え出し歴史の理解に混乱をきたしかねないからです。それに、こうしたことを考えるのは、今学んでいる歴史をしっかり理解した上でのほうが面白いと思います(世界史を含め、大学受験での教科科目って、こういうことを考えていく土台作りのために勉強していくのだと思います)。
具体的に自分が何を専門としていたかという話に入りましょう。僕が専門としていたのは近現代ドイツ政治史でした。時期でいうと1930年代から40年代前半、そう所謂ナチス=ドイツ(以下第三帝国)の時代です。中高時代、歴史を自分なりに勉強していた時からこの時代には興味を持っていました(というより第2次世界大戦の頃の歴史が一番好きだった)。この第三帝国の中枢においてヒトラー含め様々な幹部が動きごたごたしていく様が面白く、それを研究したいと考えるようになりました。それが自分が歴史学をやりたい理由になりましたし、ひいては東大を目指す理由となったわけです。
僕が書いた卒業論文の題目は『第三帝国の外務省研究―ズデーテン危機におけるエルンスト=フォン=ヴァイツゼッカーを中心とした考察―』(長いですね)。一言でいえば、ズデーテン危機に際して外務次官だったヴァイツゼッカーがどのような考えのもとで行動していたのかを考え、それを基に第三帝国下の外務省はどういう存在か考えていこう、というものです。
ズデーテン危機自体は歴史的に確かに起きた出来事ですし、外務次官のヴァイツゼッカーがどういう動きをしたのかも彼が残した記録や文章等によってだいぶ明らかにはされてきています。しかし、彼の行動の背景はどういう考えがあったのか、そもそもこのズデーテン危機、広く第三帝国の下で、ドイツ外務省はどういう存在だったのか。そういう部分まではまだまだ分からないことが多いのです(前述した、過去のことでも分からないことが多いという記述の近現代の例となります)。
先ほど様々な幹部が動きごたごたした様子を研究したいと言いましたが、その中で僕が注目したのは官僚でした。そのトップである外務次官の動きを見れば、その時外務省はどうであったかも分かる部分もある、という考えでこれに取り組んだのです。ただ、当然これらのことは全て自分の頭の中で作り上げたわけではありません。先行研究という、既に存在している研究を調べ、そこで取り上げられていない若しくはまだ未解決の部分を問題提起し、それに対し史料をしっかり読み込んだ上で論理だてて説明し、結論に向かっていく。そういうプロセスが必要になります。少なくともこれらのプロセスはどの学術研究にも当てはまるものだと思いますし、そうしたことが出来る前提として大学受験の勉強があると僕は位置付けているのです。
流石に具体的な内容に入ることはここではしませんが、卒論の本文自体は見せることはできるので気になる方は声をかけてください。もっと詳しく話を聞きたいという方も歴史学に興味があるという方もそれ以前に東大に興味があるという方ももちろん、世界史何ってるのかわからんどうにかしてくれという方も声かけてくれたらなぁ、と思います。
…長くなりすぎましたね(現在2877字)。フリーテーマなのでフリーに書かせていただきました(笑)ただ、これで大学に入ってから勉強面でこういうことを考えるようになる、というのがイメージできたのであれば幸いです。
以上、本日は社員の斎藤佳輝がお送りしました。明日は中央大学2年生、中山担任助手がブログ担当です。お楽しみに!
2018年 9月 24日 担任助手という仕事(鶴)
皆さんこんにちは、早稲田大学創造理工学部1年生の鶴です。
一日おきに暖かい日と涼しい日が繰り返され、少しずつ秋に近付いていることが感じられるようになりましたね
さて今日はフリーテーマとなっているので”担任助手”についてお話しようかと思います。
自分がなぜ担任助手として働いているのか、どんな仕事なのかをお話ししようと思います。
自分が感じている担任助手として働く上でのポイントは以下の3点です。
①出会い
②感動
③成長
まず一つ目の”出会い”についてです
担任助手として働いていると色々な出会いに立ち合います。
校舎の先輩、同期、生徒、さらには他校舎の担任助手などなど、、
本当に”人間”との関わりが深い仕事です。
この体験は他の仕事ではなかなか味わうことのできない経験だと考えます。
次に二つ目の”感動”についてです。
ここでいう”感動”というのは決して涙がボロボロ。。という感動ではなく、
”感(心)”が”動く”という意味での”感動”です。
自分はどちらかというと普段何かに対して強く何かを感じるということは少ない部類の人間ではありますが、
生徒の皆さんが本当にひたむきに勉強をしている姿に触れた時には
自分は今何をしているのか、何をすべきなのか、何がしたいのか、などあらゆる面で考えさせられます。
そして最後の一つ、”成長”についてです。
上に書いた出会いや感動、そして仕事自体を通じて自分の成長を感じることのできる貴重な場であると考えています。
大学生は高校生や中学生と違い、頻繁に成長を図られるということは良くも悪くもありません。
まして自分で望まなければ、大学4年間、誰とも何とも比較されず、
自分の成長を確認することなく終わってしまいうるものです。
一方でこの仕事は指標は多岐にわたりますが、常に成長を測り続けることが出来ます。
これらの3点から自分は担任助手という仕事を通じて日々自分を変化させ続けることが出来ているように考えます。
まずは受験勉強を悔いのない形で終え、
次の舞台への”出発点”として皆さんと一緒に走り出せる日を楽しみにしています‼
明日は東京大学卒の斎藤社員です、
”新宿エルタワー校の先生”は何を語るのか、、、お楽しみに‼