当たり前を変える(村山) | 東進ハイスクール新宿エルタワー校|東京都

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2016年 12月 12日 当たり前を変える(村山)

 

みなさんこんにちは!

立教大学文学部教育学科教育学専攻3年の村山亮太です。

はじめましての方がほとんどだと思います。ブログを書くのは一年半ぶりなので(笑)

センター試験まで残り約一ヶ月となり、受験生は焦りを感じている時期かもしれませんが、平常心でやるべきことをしっかりとやりきりましょう。

受験生でない人も、センター試験同日体験受験に向けて計画的に勉強していきましょう!

 

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突然ですが、みなさんはこんなことを聞いたことはありませんか?

「自分の周りの環境に感謝しよう」

一度くらいはあるかと思います。両親や学校の先生、東進の担任助手などなど。

 今日はこのよく聞く言葉に関連して、私が大学で勉強していることや将来の目標について書きたいと思います。

 

冒頭にも書きましたが、私は教育学を専攻しています。中でも特に、教育社会学を専門としています。(教育社会学について聞きたい人がいたら声かけてください笑)

大学に入ってから私は多くの新書、文献、学術書を読んだり映画を見るなどして教育社会学について勉強してきました。(今年は個人的にいじめ問題と社会現象をテーマにして勉強しています)

勉強した内容で、教育の二つの平等というものがあるので簡単に説明します。

 

①結果の平等

 これは教育による結果の平等です。同じ教育を受けた人が平等な結果を得るべきだという考えですが、これは個々人の理解度や能力、努力に差が生じてしまうので正直実現は難しいです。

 

②機会の平等

 これは教育機会の平等のことで、みんなが平等な教育機会を得るべきだという考えです。義務教育が実現した現代において、これは達成できているように考えられますが、果たして本当にそうでしょうか?

 

ちょっと例を挙げて考えてみましょう。

あなたは大学受験のために予備校に通っています。

あなたと第一志望校が同じ学校の友達Aくんは、予備校に通う経済的余裕がないため予備校に通っていません。

受験の結果、あなたは見事合格しAくんは不合格でした。

 

ここで考えてほしいのは、もしAくんが経済的に問題なく予備校に通えていたら、あなたと同様に合格していたかもしれないということです。

経済的な理由で教育機会の不平等が生まれ、Aくんの人生は大きく変わってしまいます。

ここまで言えばわかるかと思いますが、教育機会の平等は達成できていないのが現実です。

(教育機会の不平等について興味がある方は「世界の果ての通学路」という映画を是非見てください!)

 

「でも、そんなのしょうがないじゃん。」

 

ほんとにそうでしょうか?

私はそうは思いません。私の将来の目標は、教育機会の不平等をなくすことです。

どんな方法で実現するか、何年後に実現するか現時点では何もわかりません。

しかし、私はそれを人生の目標として掲げています。

 

普段何気なく聞く「自分の周りの環境に感謝しよう」という言葉には、教育機会以外にも多くのことが当てはまります。

それは言い換えれば、多くの当たり前が溢れているということです。

しかし、その当たり前を作っているのは紛れもない自分自身です。

学校に行くのが当たり前。毎日三食食べれるのが当たり前。毎日自由な時間があるのが当たり前などなど。

 

みなさんには、これらの自分にとっての当たり前を何か別のものに変えてもらいたいです。

教育機会が平等だと思っていたという私の当たり前は、大学で勉強することを通して人生を懸けて達成したい目標に変わりました。 

当たり前を変えるのは自分で、それを社会に影響を与えるほど大きくすることができれば、歴史がつくられます

そして、大学はそのような無限の可能性を秘めた素晴らしい場所です。

 

まだ将来についてぼんやりとしか考えていない人も、何気ないことに興味を惹かれ、将来の目標が決まる瞬間がくるかもしれません。

そんなことを考えながら、今の勉強に励んてもらいたいと思っています。

 

結びに、私が尊敬している人物の言葉を送ります。

「私たちが生きている100年後歴史となり、教科書に載る」

 

明日のブログ更新は明治大学に通う伊橋皓峻担任助手です。

お楽しみに!