当たり前を変える(村山) | 東進ハイスクール新宿エルタワー校|東京都

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2018年 2月 10日 当たり前を変える(村山)

 

こんにちは!

立教大学4年生の村山亮太です。

「誰だよ(笑)」って感じかもしれませんが、気にせずに進みます。(ブログ書くのは一年半ぶりなんです!)

 

さて、簡潔に自己紹介をさせてもらいます。

ぼくは立教大学文学部教育学科で教育社会学という学問を勉強していました。

教育社会学と一言で言っても「ん?」って感じだと思います。ぼくの専門領域はスクールカーストやいじめ問題などです。詳しく聞きたい人は声かけてくださいね!

現在は4年間の大学生活をもう少しで終えようとしていて、4月からは社会人になります。

都内のどこかの高等学校で社会科の教員になるので、どこかでみなさんと出会うかもしれません…笑

突然ですが、みなさんはこんな言葉を聞いたことはありませんか?

自分の周りの環境に感謝しよう

一度くらいはあるかと思います。

 今日はこの身近な言葉に関連して、私が大学で勉強したことや将来の目標について書きたいと思います。

 

冒頭にも書きましたが、私は教育社会学を専攻しています。

大学に入ってから私は多くの新書、文献、学術書を読んだり映画を見るなどして教育社会学について勉強してきました。

勉強した内容の中で、教育の二つの平等というものがあるので簡単に説明します。

 

①結果の平等

 これは教育による結果の平等です。同じ教育を受けた人が平等な結果を得るべきだという考えですが、これは個々人の理解度や能力、努力に差が生じてしまうので実現は難しいです。

 

②機会の平等

 これは教育機会の平等のことで、みんなが平等な教育機会を得るべきだという考えです。義務教育が実現した現代においてこれは達成できているように考えられますが、果たして本当にそうでしょうか?

 

ちょっと例を挙げて考えてみましょう。

あなたは大学受験のために予備校に通っています。

あなたと第一志望校が同じ学校の友達Aくんは、経済的余裕がないため予備校に通っていません。

受験の結果、あなたは見事合格しAくんは不合格でした。

 

ここで考えてほしいのは、もしAくんが経済的な問題がなく予備校に通えていたら、あなたと同様に合格していたかもしれないということです。

経済的な理由で教育機会の不平等が生まれ、Aくんの人生は大きく変わってしまいます。

ここまで言えばわかると思いますが、教育機会の平等は達成できていないのが現実です。

(教育機会の平等について興味がある方は世界の果ての通学路という映画を是非見てください!)

 

「でも、そんなのしょうがないじゃん。」

 

ほんとにそうでしょうか?

私はそうは思いません。私の人生最大の目標は、教育機会の不平等を日本社会からなくすことです。(世界から教育機会の不平等をなくすには、その過程としてまず日本社会から不平等をなくす必要があると考えました)

どんな方法で実現するか、何年後に実現するか、現時点では半分くらいしか考えられていません。

しかし、私はそれを人生の最大の目標として掲げています。

 

普段何気なく聞く自分の周りの環境に感謝しようという言葉には、教育機会以外にも多くのことが当てはまります。

それは言い換えれば、多くの当たり前が溢れているということです。

しかし、その当たり前を作っているのは紛れもない自分自身です。

学校に行くのが当たり前。毎日三食食べれるのは当たり前。毎日自由な時間があるのは当たり前。塾に通って大学受験できるのは当たり前。

 

みなさんには、大学に進学してこれらの自分にとっての当たり前を何か別のものに変えてもらいたいです。

現代社会において教育機会の平等は実現していると思っていた私の当たり前は、大学で勉強することを通して人生を懸けて達成したい目標に変わりました。 

当たり前を変えるのは自分で、それを社会に影響を与えるほど大きくすることができれば、世界を変えることができます。

そして、大学はそのような無限の可能性を秘めた素晴らしい場所です。

 

まだ将来についてぼんやりとしか考えていない人も、大学生活で何気ないことに興味を惹かれ、人生最大の目標が決まる瞬間がくるかもしれません。

そんなことを考えながら今の勉強に励み、大学へ進学してほしいと願っています。

 

結びに、私が尊敬している人物の言葉を送ります。

「私たちが生きている今が100年後歴史となり、教科書に載る」

未来の自分に胸を張れる、そんな「今」を過ごしてください。

 

明日のブログ更新は日本女子大学に通う澤田智子担任助手です。

お楽しみに!