たまにはちょっと抽象的に(高橋) | 東進ハイスクール新宿エルタワー校|東京都

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2017年 2月 6日 たまにはちょっと抽象的に(高橋)

こんにちは!東進ハイスクールの高橋です。

久々のブログ登場です。ドキドキしております。

何を書こうかなぁ、と思ったのですが普段自分が思っていることを書こうかと思います。

はっきり書きます。

私は東進に通って勉強している生徒みんなのことを本当に尊敬しています。

普段「高速暗記こんなもんかよー」とか「受講ー」とか言ってるのに何を!!と思いましたか??

だけど本心です。

勉強するということは深さをもった人間になるということだと思います。

勉強ができる、賢いというのは想像ができる。ということです。

なんだか勉強ができるとか、勉強をする、とかいうとちょっとばかり気恥ずかしいような、ずるいような隠したくなるような風潮がありますよね。

でも、違うんですよ。

例えば目の前にある晩ごはんをみて「あー、今日は食べる気分じゃないなー」なんて思ってすぐ捨ててしまうなんて人はいないと思います。

その晩御飯を作ってくれたひとがいて、その晩御飯の材料を売っている人がいるわけで、さらにそれを育てる農家の方や畜産業の方、運んでくださる流通業社のかたがいて

さらにその流通を手助けするためのシステムを作っている人もいて。

でもみんなきっとその晩ごはんを口にする人のことをおもって仕事をしているわけで。

そういうのを考えることができ、想いを馳せ「いただきます」と手を合わせられるのが賢いってことなんですよね。

点数うんぬんってのもそうですけど、根本はそこです。

だから誰に遠慮するでもなくどんどん勉強してください。

「見方」を身に着けるために勉強するんです。国語も、英語も、数学も物理も社会も。

いつかみんなが今度は誰かのことを思い、そこにつながる行動をする時がきます。

 

【積もった雪】
上の雪、寒かろうな 冷たい月がさしていて
下の雪、重たかろうな 何百人も乗せていて
中の雪、さみしかろうな 空も地べたも見えないで

有名な金子みすゞさんの詩です。

雪をみて、上の雪と下の雪だけでなく誰にも見られることもない中の雪にまで思いを馳せる。

表面的なことしか見れない、想像できない人には絶対「中の雪」なんて発想はでてきません。

でも世の中、こんな「見えないこと」なんてたくさんあるんです。そこに気が付かない人なんてほんと、いくら今テストでいい点とってようが最終的にいい大学行こうがその後の人生たかがしれちゃうな、とか思っちゃいます。

 

私は高校生の時いわゆる【勉強】が大嫌いでした。

テストでいい点数をとって褒められることなんてなんにも嬉しくなかったです。だっていい点数とるまでが辛すぎます。

ぶっちゃけ割にあわん!と思っておりました(私の過去は捻くれていてそこそこ面白いですよwその時のお話しはまた今度機会があれば)

しかも捻くれていったので点数とれてなかろうが進級やばいぞと言われようが納得しないことには勉強なんて一切せずひたすら体育館で時を過ごしておりました。(※実は元バスケ部なんです^^不良じゃないですよ)

でもその時に勉強は深みだ。やさしさや思いやりを身に着けるために勉強するんだ。という人の存在に出会い、やっと気が付きました。

別に点数とるのが【勉強】ではない。そこに気が付かず表面的な点数でばかり測っていてなんて底の知れた浅はかな人間なんだ、と本気で思いました。そもそも自分がこの勉強ができるという環境の裏にある見えない部分で支えてくれて来た人たちのこと何も考えてなかった、と。

その時思いました。

ちゃんと自分の勉強をしよう、と。

 

東進に通っているみんなは本当にこの「点数をとるのだけが勉強ではない」ということを知っている。

厳しい所に身を置きつつ熟成させていくための鍛錬を誰のためでなくいわれるからでもなくしている。

当たり前じゃないんですよ。

辛いって思ってもそこから逃げずに向き合って楽しみを見出すまでに向き合うことは大変なんですよ。

でもそういうことやってるうちにどこかのタイミングで「ああ、これが勉強の深みか」ということを感じる場面が絶対ある。

 

ちゃんと見てますよ、そういうところも。何を思って行動しているのかな、ってちゃんと見えてます。

面談していても本当は私が言わなきゃいけないんでしょうけど、いつもみんなに気が付かされるばかりです。

だからみなさん自信をもって勉強してくださいね。

 

うーん、ブログ中々難しいですね。

抽象的な話、なんてタイトルつけてますが纏まりないだけかな?一人でも「おお。」とか思ってくれたらいいなーなんて思いながらとりあえず筆をおきます。

 

明日のエルタワーブログもお楽しみに。